続入門社会開発

続・入門社会開発―PLA:住民主体の学習と行動による開発
プロジェクトPLA
国際開発ジャーナル社 2000/11

本書は地域開発・国際協力メーリングリストのメンバーの手による、チェンバースの「参加型開発と国際協力」に継ぐ本です。チェンバースの本が開発に関わるすべての人に変化を迫るのを受けて、それが具体的にどのようなものであるかを示し、その代表的なアプローチであるPLA(Participatory Learning and Action)を日本に紹介するために書かれたものです。

全体として二つのパートに分かれており、パート1は二つのケーススタディから構成されています。第一話は「参加型」と称しながらも空回りに終わっていくありがちなケース、第二話は試行錯誤しながら、住民のペースで開発を進めていくケースです。この二つを題材にパート2では、PLAの歴史から、その概要や意味についての解説を行っています。

特にパート1はリアリティに富んでいると、評判です。読みやすく、国際協力に関心のある人なら誰にでも薦められる本です。

参加型開発と国際協力

参加型開発と国際協力―変わるのはわたしたち
ロバート チェンバース
明石書店 2000/06

本書は著者も前書きで述べているように、1983年に出された有名な、’Rural Development: Putting the Last First’ の続きにあたる本です。

前回が ‘Last First’ であったのに対し、今回は ‘First Last’ となっていることでもわかるように、これは同じ問題を14年を経てなおかつ連続して扱った結果のタイトルと言えます。開発関係における問題を解くための、筆者の絶え間無い追求から生まれた、一種逆説的とも思えますが、その実、非常に鋭く自己を含めての、開発に係る側に反省を迫る啓蒙の書でもあります。

1983年の前書は、そのタイトルが示すとおり ‘Last First’ つまり、最後に置かれる地域住民を先頭に物事を考え、動かそう、という主題でした。今回は、既に予測がついたでしょうが、 ‘First Last’ 、開発で先頭に立ってきた、我々援助する側(政府・非政府、中央・現場、研究者・普及員を問わず)が、後ろに退こう、という主張です。

この二つ、一見するとまったく同じことのようにも聞こえますが、実際に実行しようとすると何が起こるでしょうか?「地域住民を先頭に」これはレトリックとしても非常に sounds nice であり、誰もが「言葉として」は受け入れるでしょうし、また多くの援助関係者は、客観的に見た実態はどうであれ、「我々は実践している」と主張するでしょう。

では今回の主題を簡単な言葉で言い表すとするとどうなるでしょうか?筆者は単に相対的に後ろに下がれ、と言っているだけではありません。むしろ私には「地域住民から学んで一から出直せ」と言っているように聞こえます。単なるレトリックではなく、我々援助関係者の今までの考え方、態度こそが、援助の効果を上げられなかった元凶であり、正すべきであると言うのが筆者の主張です。

さて援助関係者は一般的には善意の人です。それがいきなり「おまえが悪い」と言われたらどう反応するでしょうか。うろたえるか逆上するか。そんな人が多いのも事実でしょうし、また PRA 等の導入で、住民主体が叫ばれている今ですらそうした実態があるからこそ、筆者がこのような書を世に問わざるをえなかったのではないかと思います。

ただ筆者の書き方は、一部の ODA 批判などに見られるような無見識、そして pesimistic な物とは違います。筆者は地域住民を信じているのと同じように、援助関係者をも信じているのです。そこのところが他の援助批判本とはまったく異なる点であるし、厳しい指摘の中に、ほっとさせる人間的な温かさを見出すことができます。

私は本書で筆者が行っている主張、提案を全面的に支持しています。

本書を読んで理解されるには、ある程度開発に携わった経験が必要でしょう。これから開発の現場に出ようという人にはまだ本書が主張するところの意味がわからないかも知れません。

しかしフロイドからディケンズ、そしてカオス理論まで出てくる開発関連書は他には無いだろうなあ。

第三世界の農村開発 貧困の解決

第三世界の農村開発―貧困の解決 私たちにできること

ロバート チェンバース
明石書店 1995/11

本書は開発関係者の must read とされるものです。原書は1983年といささか発行年次は古いものの、この本が開発関係者に与えた影響の大きさは計り知れず、また今読み返しても新鮮さを失っていません。古典、と言うよりはスタンダード・ナンバーと化したのではないでしょうか。

Chambers には著作が数多くありますが、本書がやはり原点のように思われます。無論1983年の時点では現在のような Participatory Rural Appraisal の教祖的性格はまだありません。しかし彼の主張は常に一貫して、「我々開発に係る者の側にこそ問題がある」「地域住民の能力を信じて彼らに任せる」といった点にあります。理解者が相当増えたとは言え、今になっても同じ主張を繰り返さなければならない世界の現状は、結構情けない、と思いますう。

本書は日本語訳が出版されました。やっと1995年になってこんなに重要な書が翻訳される、という日本の現状も情けないです。1983年と1995年と言うこのギャップが、日本とそれ以外の援助主要国との隔たりを如実に表しているように思われます。

タンザナイト 僕の職場はタンザニア

タンザナイト―僕の職場はタンザニア
野田 直人
風土社 1999/07

僕の初めての単行本です。アフリカ・タンザニアでの4年間にわたる生活や仕事の体験をまとめました。地元の人たちとのかかわりの話や、有名なタンザニアの国立公園などで撮影した写真も満載です。

アフリカで暮らしていれば、なかなか自分の思い通りにはならないことばかり。生活でも仕事でも次々に難題が降りかかります。しかしそれをうまくかわして笑い飛ばして暮らしていれば、またそれも楽しいものです。

タンザニアのプロジェクトは特に地域の人々の自主的な参加に力を入れたものでした。そうした面でも参考になったら幸いです。

女たちの大地 「開発援助」フィールドノート

女たちの大地―「開発援助」フィールドノート
荒木 美奈子
築地書館 1992/09

本書は青年海外協力隊員としてのザンビアでの体験について書かれたものです。この本の筆者である荒木美奈子さんには、筆者がタンザニアのモシに在住していたときに初めて会い、本を送ってもらいました。バイタリティー溢れる女性で、その一方でいろんなことに悩みもがいている彼女は、彼女自身の描くザンビアの女性像と重なる部分があります。

荒木さんはザンビアでパウロ・フレイレの理論に基づいた開発手法を用いて参加型の開発に取り組みます。その様子や、周囲の人たちとの交流が生き生きと描かれています。

さて出版されてからある程度日も経ち、評判の良いこの本の事を批評する余地はあまりありません。彼女と同じ青年海外協力隊に参加した筆者は、ただ彼女のなした事に驚き、敬服するだけです。遅れ馳せながら色々勉強していますが、彼女のようにもっと早くその重要性に気づいていたら、筆者ももう少し良い仕事をできたかもしれません。

国際協力をこれから目指す人にも、国際協力の分野で働く人にも良いヒントを与えてくれる良書だと思います。荒木さん本人は「あの頃の自分から脱皮しなくては」と言っていますが。脱皮してどんなミナコが生まれてくるのか楽しみです。

ミクロネシアで暮らす―協力隊が作った初めてのテレビニュース

ミクロネシアで暮らす―協力隊が作った初めてのテレビニュース

八坂 由美

この本は著者の八坂さんがミクロネシアへ協力隊員として派遣された時の話をまとめたものです。南洋の楽園というイメージしかないミクロネシアにもカースト制度のようなものがあるなど、今まで知らなかったことが沢山書かれていてびっくりするなど、八坂さんの好奇心が生き生きとミクロネシアの様子を描き出していると思いました。非常に読みやすく、読んでいて楽しくなる本です。

そして、「面白いなあ」と思ったもう一つの点は、例えば例えば本書のサブタイトルにもなっている「初めてのテレビニュース」を作ろうという目標を立て、日程まで作ったのに、何事もまったく計画どおりには行かずにずるずると予定が遅れていくくだりです。最初著者は何らかのゴールを設定して、そのゴールに至ることを目的に、職場の同僚たちを動かそうとしていたように見えるのですが、次第にミクロネシアの時間の中で、予測できない状況の中を泳ぎながら少しずつ進んでいこう、というように変わってきたように見えました。自分ひとりで気張って計画していた「プロジェクト」が、次第にミクロネシアの人たちの、日本人からしたらゆっくりとしたようにも見える「プロセス」に飲み込まれていったように思えます。

著者の八坂さんとは何度もメールのやり取りをしたことがありますが、実際にお会いしたのは一度だけです。この本から受ける印象よりも一層さわやか、そして温かみを感じさせる人でした。

ムツゴロウの青春記

有名なムツゴロウさんこと畑正憲氏にはたくさんの作品があります。筆者はまだあまりテレビにも出ていない初期の頃のこの人の話が好きで、以前は片端から読んでいました。全集ものみたいなのもかつて出ており、かなり揃えていたのですが、いつか海外へ出る前に人に譲ってしまいました。

読んで面白いのは、無論「ムツゴロウの動物記」みたいに動物の話を書いたものもあるのですが、「ムツゴロウの青春記」の方が、この人本来の人となりが表れているような気がして面白かったです。

さて、あまり古い本は置いておいて、もうちょっと新しい(かな?)のものとしては「動物王国オフィシャルハンドブック」なんかどうでしょうか。動物王国27年目の歴史が刻まれています。

ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語

ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語

スティーヴン・ジェイ グールド

バージェス頁岩というのは、ブリティッシュ・コロンビア(カナダかな?)にある古い地層の堆積岩のことで、ここから出てくる摩訶不思議な化石の話から進化の話をとき起こすのがこの本のテーマです。

バージェス頁岩から発掘されるカンブリア紀の化石には、現在のどのような生物とも似て似つかないもの、種とか属とか言ったレベルではなく、さらに上位のレベル(門とかいうレベルかな)で多様な生物層が観察されるのだそうです。つまりこの時代(前カンブリアからカンブリア)にかけての進化は、非常に高いレベルでの多様性の爆発であり、その後の進化は下位のレベルでの進化になってきたのではなかろうか、ということが言えるようです。

「カンブリア宮殿」なんていうテレビ番組もあるくらいですから、昨今はカンブリア紀の進化の爆発のこともよく知られてきているようですが、その証拠となる化石の産地がバージェス頁岩です。

とにかく古生物学に興味のある人は必読。どきどきわくわく物の本です。「バージェス頁岩と生物進化の物語」購入はこちらから。

またバージェス頁岩に関連する本としては「カンブリア紀の怪物たち」がありますのでこちらもどうぞ。

さらに「バージェス頁岩化石図譜」という化石写真集もあります。ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語

ゾウの時間ネズミの時間 サイズの生物学

ゾウの時間ネズミの時間 サイズの生物学

本川 達雄

ゾウの時間ネズミの時間 サイズの生物学は中公新書です。あまりの面白さに私は海外の友だちにもお土産で一冊持っていってしまいました。

ゾウは数十年も生き、ネズミはせいぜいが数年、あるいはそれよりも短い時間しか生きていません。常識的に考えればゾウは長生き、ネズミは早死に、なわけですが、この本によればゾウもネズミも一生の間に心臓がうつ回数は同じなのだとか。つまりそれぞれの動物にとっての寿命は同じではなかろうか、という説です。

この着想点も面白いですし、著者の語り口も読者をひきつけます。動物好きにはぜひ手にとってほしい一冊です。

この本を絵本にした「絵ときゾウの時間とネズミの時間」も出ているようです。こちらも手にしてみたいものです。データがありませんので興味のある方はアマゾンで検索してみてください。

マヤ文明文字解読 Breaking the Maya Code

Breaking the Maya Code

Michael D. Coe Thames & Hudson

Breaking the Maya Codeは英語の本です。どうも日本語訳はまだでていないようで(その後日本語訳が出ました)、筆者も英語で読みました。

筆者が子どものころ、中米の古代文明マヤの文字は解読されていませんでした。縁あって20代のはじめにマヤの遺跡を何度か訪れましたが、その時もまだ石に刻まれた文字を誰も読むことができませんでした。

ところがこの本によれば、マヤの文字は現在ほとんどが解読されているというではないですか!それもかつて筆者が実際に見た遺跡の文字がなんと書いてあるのか解説してあります。「あの遺跡の意味はこうだったのか!」非常に興奮しました。

そしてマヤの文字を解読するドキュメンタリーがまた面白い。解読の糸口をつかんだのは、マヤ学者が多いアメリカではなく、実際にマヤを訪ねることもできなかった時代のソ連の考古学者だったのです。その後作業はアメリカの学者に引き継がれますが、新たな発見を否定する権威者とそれに挑戦する新進の学者たち。これもまた興奮です。

マヤ関係の日本語の本には以下のようなものがあります。「図説 古代マヤ文明」「ユカタン半島―メキシコ・マヤ文明の足跡」「緑の迷宮―マヤ文明・ユカタン半島幻想紀行」「マヤ文明 聖なる時間の書」