支援のフィールドワーク

支援のフィールドワーク」という本を読み終わりました。編著者の一人、小國和子さんから贈っていただいた本です。

まず戸惑いから。この本の「フィールドワーク」は、どちらかと言うとアカデミズムの中でのフィールドワークを意味しており、「開発フィールドワーカー」という本を最初から開発援助のフィールドワークとして書いた僕にはちょっと違和感がありました。

次に驚き。本には10のケーススタディが登場し、その内の6編が海外です。驚いたのは、それぞれの人たちのフィールド(地理的な場所も研究分野も)の多様性。え!こんなことしている日本人がいたの!というレベルでも単純に驚きました。世界は広い。と言うことは、まだまだ知見を広げる余地が相当大きいということ。

次に共感。一番共感できたのは、分野が近い小國さんのケースでした。

援助の対象となる人と援助する側との関係性の問いかけ。「住民ニーズ」と称するものに頼ることの危険性。そして、案件が始まってから手探りを始めるアプローチへの移行。

ここでは「苦し紛れ」と書いてありますが、僕自身がもっとも合理的と考えるアプローチに非常に近い考え方です。できればアカデミズムに染まらない、読み物的な文体でもっと詳しく書いてほしいところです。

10のケーススタディで共感するところは、読者によって異なるだろうと思いますが、一読を勧められる本です。

開発フィールドワーカー

開発フィールドワーカー」は、私自身が、国際協力に携わって来て気がついたこと、考えたことをまとめた本。「内容が厳しい」と言われることもありますが、それは、単に国際協力の業界の人たちが甘いだけでしょう。

それはともかく、書いてから10年がたち、その間国際協力の世界でも、マイクロクレジットとか、BOPとか、どちらかと言えば企業経営的な発想が求められるようになってきました。逆に何も変わっていない(悪い意味で)部分は何も変わっていないのですが。

そのような10年を反映させた、新しい内容の本を書きたいと思っています。

私の仕事

私の仕事
緒方 貞子
草思社 2002/11/30

本書は元国連難民高等弁務官の緒方貞子さんの記録とも言える本である。書下ろしではなく、彼女の日記や、あちらこちらで発表された文章、対談、演説などが収録されている。

寄せ集めの文であるためいささか読みにくかったり、重複があったりするものの、それでも緒方貞子さんがいったい何を考え、どのように行動したかが明確に伝わってきて興味深い。

ヒューマニズムに基づきながら、実にリアリストとして物ごとをこなしていっている姿勢には非常に共感を覚える。マネージメントとはこうありたい、と思う。

ただし、緒方さんの国際協力機構改革が十分だとは思っていませんが。

続入門社会開発

続・入門社会開発―PLA:住民主体の学習と行動による開発
プロジェクトPLA
国際開発ジャーナル社 2000/11

本書は地域開発・国際協力メーリングリストのメンバーの手による、チェンバースの「参加型開発と国際協力」に継ぐ本です。チェンバースの本が開発に関わるすべての人に変化を迫るのを受けて、それが具体的にどのようなものであるかを示し、その代表的なアプローチであるPLA(Participatory Learning and Action)を日本に紹介するために書かれたものです。

全体として二つのパートに分かれており、パート1は二つのケーススタディから構成されています。第一話は「参加型」と称しながらも空回りに終わっていくありがちなケース、第二話は試行錯誤しながら、住民のペースで開発を進めていくケースです。この二つを題材にパート2では、PLAの歴史から、その概要や意味についての解説を行っています。

特にパート1はリアリティに富んでいると、評判です。読みやすく、国際協力に関心のある人なら誰にでも薦められる本です。

参加型開発と国際協力

参加型開発と国際協力―変わるのはわたしたち
ロバート チェンバース
明石書店 2000/06

本書は著者も前書きで述べているように、1983年に出された有名な、’Rural Development: Putting the Last First’ の続きにあたる本です。

前回が ‘Last First’ であったのに対し、今回は ‘First Last’ となっていることでもわかるように、これは同じ問題を14年を経てなおかつ連続して扱った結果のタイトルと言えます。開発関係における問題を解くための、筆者の絶え間無い追求から生まれた、一種逆説的とも思えますが、その実、非常に鋭く自己を含めての、開発に係る側に反省を迫る啓蒙の書でもあります。

1983年の前書は、そのタイトルが示すとおり ‘Last First’ つまり、最後に置かれる地域住民を先頭に物事を考え、動かそう、という主題でした。今回は、既に予測がついたでしょうが、 ‘First Last’ 、開発で先頭に立ってきた、我々援助する側(政府・非政府、中央・現場、研究者・普及員を問わず)が、後ろに退こう、という主張です。

この二つ、一見するとまったく同じことのようにも聞こえますが、実際に実行しようとすると何が起こるでしょうか?「地域住民を先頭に」これはレトリックとしても非常に sounds nice であり、誰もが「言葉として」は受け入れるでしょうし、また多くの援助関係者は、客観的に見た実態はどうであれ、「我々は実践している」と主張するでしょう。

では今回の主題を簡単な言葉で言い表すとするとどうなるでしょうか?筆者は単に相対的に後ろに下がれ、と言っているだけではありません。むしろ私には「地域住民から学んで一から出直せ」と言っているように聞こえます。単なるレトリックではなく、我々援助関係者の今までの考え方、態度こそが、援助の効果を上げられなかった元凶であり、正すべきであると言うのが筆者の主張です。

さて援助関係者は一般的には善意の人です。それがいきなり「おまえが悪い」と言われたらどう反応するでしょうか。うろたえるか逆上するか。そんな人が多いのも事実でしょうし、また PRA 等の導入で、住民主体が叫ばれている今ですらそうした実態があるからこそ、筆者がこのような書を世に問わざるをえなかったのではないかと思います。

ただ筆者の書き方は、一部の ODA 批判などに見られるような無見識、そして pesimistic な物とは違います。筆者は地域住民を信じているのと同じように、援助関係者をも信じているのです。そこのところが他の援助批判本とはまったく異なる点であるし、厳しい指摘の中に、ほっとさせる人間的な温かさを見出すことができます。

私は本書で筆者が行っている主張、提案を全面的に支持しています。

本書を読んで理解されるには、ある程度開発に携わった経験が必要でしょう。これから開発の現場に出ようという人にはまだ本書が主張するところの意味がわからないかも知れません。

しかしフロイドからディケンズ、そしてカオス理論まで出てくる開発関連書は他には無いだろうなあ。

第三世界の農村開発 貧困の解決

第三世界の農村開発―貧困の解決 私たちにできること

ロバート チェンバース
明石書店 1995/11

本書は開発関係者の must read とされるものです。原書は1983年といささか発行年次は古いものの、この本が開発関係者に与えた影響の大きさは計り知れず、また今読み返しても新鮮さを失っていません。古典、と言うよりはスタンダード・ナンバーと化したのではないでしょうか。

Chambers には著作が数多くありますが、本書がやはり原点のように思われます。無論1983年の時点では現在のような Participatory Rural Appraisal の教祖的性格はまだありません。しかし彼の主張は常に一貫して、「我々開発に係る者の側にこそ問題がある」「地域住民の能力を信じて彼らに任せる」といった点にあります。理解者が相当増えたとは言え、今になっても同じ主張を繰り返さなければならない世界の現状は、結構情けない、と思いますう。

本書は日本語訳が出版されました。やっと1995年になってこんなに重要な書が翻訳される、という日本の現状も情けないです。1983年と1995年と言うこのギャップが、日本とそれ以外の援助主要国との隔たりを如実に表しているように思われます。

タンザナイト 僕の職場はタンザニア

タンザナイト―僕の職場はタンザニア
野田 直人
風土社 1999/07

僕の初めての単行本です。アフリカ・タンザニアでの4年間にわたる生活や仕事の体験をまとめました。地元の人たちとのかかわりの話や、有名なタンザニアの国立公園などで撮影した写真も満載です。

アフリカで暮らしていれば、なかなか自分の思い通りにはならないことばかり。生活でも仕事でも次々に難題が降りかかります。しかしそれをうまくかわして笑い飛ばして暮らしていれば、またそれも楽しいものです。

タンザニアのプロジェクトは特に地域の人々の自主的な参加に力を入れたものでした。そうした面でも参考になったら幸いです。

女たちの大地 「開発援助」フィールドノート

女たちの大地―「開発援助」フィールドノート
荒木 美奈子
築地書館 1992/09

本書は青年海外協力隊員としてのザンビアでの体験について書かれたものです。この本の筆者である荒木美奈子さんには、筆者がタンザニアのモシに在住していたときに初めて会い、本を送ってもらいました。バイタリティー溢れる女性で、その一方でいろんなことに悩みもがいている彼女は、彼女自身の描くザンビアの女性像と重なる部分があります。

荒木さんはザンビアでパウロ・フレイレの理論に基づいた開発手法を用いて参加型の開発に取り組みます。その様子や、周囲の人たちとの交流が生き生きと描かれています。

さて出版されてからある程度日も経ち、評判の良いこの本の事を批評する余地はあまりありません。彼女と同じ青年海外協力隊に参加した筆者は、ただ彼女のなした事に驚き、敬服するだけです。遅れ馳せながら色々勉強していますが、彼女のようにもっと早くその重要性に気づいていたら、筆者ももう少し良い仕事をできたかもしれません。

国際協力をこれから目指す人にも、国際協力の分野で働く人にも良いヒントを与えてくれる良書だと思います。荒木さん本人は「あの頃の自分から脱皮しなくては」と言っていますが。脱皮してどんなミナコが生まれてくるのか楽しみです。

ミクロネシアで暮らす―協力隊が作った初めてのテレビニュース

ミクロネシアで暮らす―協力隊が作った初めてのテレビニュース

八坂 由美

この本は著者の八坂さんがミクロネシアへ協力隊員として派遣された時の話をまとめたものです。南洋の楽園というイメージしかないミクロネシアにもカースト制度のようなものがあるなど、今まで知らなかったことが沢山書かれていてびっくりするなど、八坂さんの好奇心が生き生きとミクロネシアの様子を描き出していると思いました。非常に読みやすく、読んでいて楽しくなる本です。

そして、「面白いなあ」と思ったもう一つの点は、例えば例えば本書のサブタイトルにもなっている「初めてのテレビニュース」を作ろうという目標を立て、日程まで作ったのに、何事もまったく計画どおりには行かずにずるずると予定が遅れていくくだりです。最初著者は何らかのゴールを設定して、そのゴールに至ることを目的に、職場の同僚たちを動かそうとしていたように見えるのですが、次第にミクロネシアの時間の中で、予測できない状況の中を泳ぎながら少しずつ進んでいこう、というように変わってきたように見えました。自分ひとりで気張って計画していた「プロジェクト」が、次第にミクロネシアの人たちの、日本人からしたらゆっくりとしたようにも見える「プロセス」に飲み込まれていったように思えます。

著者の八坂さんとは何度もメールのやり取りをしたことがありますが、実際にお会いしたのは一度だけです。この本から受ける印象よりも一層さわやか、そして温かみを感じさせる人でした。